スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

蛍 (作者:なおと)

蛍 【2】

 真っ先に耳が聞こえることを恨んだ。
 幾度となく耳を潰そうとしては病院に運ばれた。主な行先は精神科だった。
 何度も傷めつけられた耳は格段に弱った。だけど全聾には程遠く、僕は退院した後ひきこもった。何の音も聞きたくなかった。誰の言葉も、声も聞きたくなかった。言葉は暴力だった。声は拷問だった。音は恐怖だった。何も聞きたくなかった。
 だから僕は無音の闇で、一人沈む。


 そんな闇に仄かに浮かんだ光。それが彼女だった。彼女がいつからそこにいたのかは知らない。いつからか、彼女は存在していた。僕の目の前に。或いは街の喧騒の中に。ぽっかりと、闇から浮かび上がって。
 彼女は翼を持っていた。背中から生える、一対の翼。だけどそれは薄っぺらで、どうにも飛べそうにはなかった。まるで紙のようだった。
 彼女はいつも笑っていた。だけど顔はどういうわけか見えない。ただ笑みを浮かべた唇だけが見える。どんなに遠くにいてもはっきりと。
 彼女は僕の無音の闇の中で、ただ仄かに光り、笑っていた。闇の中に浮かび上がる、白い笑み。

なおと 著