スピッツの曲にまつわるオリジナル小説

めざめ (作者:あつこ)

めざめ 【29】

柔らかなものが唇に触れた気がした
あたたかくって、懐かしくって、切ない。
あ、これは唇だ。と自分でもぼんやり分かった。

死ぬってなんなんだろうな、
心臓が止まって、呼吸が出来なくなって、物が考えられなくなって、体が冷たくなって。
それだけのことなのに、俺は何が怖いのだろう。
サオリさんのことをゆっくり考えた。
口に出すのすら馬鹿らしくなるような、そんなくだらないことをわざわざ俺は夢で見た。
腕が、足が、体が思うように動かない。
――――だるい。まだ、熱っぽい。
体温計を直ぐ傍においてあるチェストから手探りで取って、熱を測る
「さんじゅう、ななど、にぶ。」、37.2度。
平熱が平熱だから、これじゃぁ熱っぽいのも無理が無い。
瞳を閉じれば、すぐ手を伸ばせば届くぐらい近くにサオリさんはそこに居た。
手を伸ばそうとしても、体が思うように動かない。

「なん、じ・・・?」時計を見ると7時半をさしている。
「もう一眠りしよう、したらきっと良くなる。そうしてサオリさんに会いに行こう」
小さく決心をして俺は眠りの世界へ足を運ぶ

すぐにフッと、世界に落ちていく


真っ暗で、何も見えない。懐かしい歌を思い出す。
昔母さんがよく歌っていた歌。今になって思い出す。
ああ、母さん。俺は明日死にます。
ひとりにしてごめんね。


もうこれ以上満ちることなど出来ない、と叫びだしそうなギリギリの満月が
窓辺から零れていた
掌では、それはすくいきれないぐらいに溢れ出す、

眩しい、でもカーテンは閉めたくない。
眠い、そうだ、あと30分だけ寝て、サオリさんに会いに行こう、ともう一度呟こうとしたら
その前に世界は、暗くなった。

あつこ 著