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夜を駆ける2  [作者:あつこ]

■25

4時間なんてあっという間だ、音楽を聴きながら雑誌を読んで、ゴロゴロしていればすぐに過ぎる
ほら、あっという間にもう12時。
加奈子は、洗面所で歯を磨いて寝る準備を、母さんはお風呂に、父さんはもう寝ている。
僕は、部屋に置いた鏡で、前髪をすこし、調整する
「あそこ、絶対やばいって」
啓太の冷え切った声が、こだまするかのようにして僕の中で鳴り響き、
風船のようにしてぱぁん、と割れてしまう。何個も何個も。

やばいって、なんだよ。ホタルがなんかしたって言うのかよ。
なわけ無いじゃん、だって、ホタルは確かに「居た」
僕はホタルに確かに触れた
冷たい体温は僕の温もりまで少しずつ奪われていくのが分かった

僕は手をギュッと握りしめる
握りしめて、握りしめて、爪が手の中にくい込むくらいギュッと握りしめて・・・
手が汗ばんできた
それでも僕は構わず握りしめ続けた
中の体温が熱くなってくる、爪が刺さって痛い。切っておけば良かった
握りしめて、握りしめて、ギリギリの限界まで握りしめて。
僕は手を、指を少しずつほどく
部屋の中の温度に、溶け込むように熱が奪われていく
刺さっていた爪のあとが、手の中に見える

ああ、僕は生きているんだな。と改めて実感した。
病気になって、1人で寝たりするとなんだか頭の中で「生きている」実感が湧く
ああ自分は死ぬのかもな、事故りそうな時、病気で1人部屋でぐったりしてる時。そう思う。

苦しくなって、辛くなって、極限まで追いつめられて生きてる、と気づくのはなんて愚かなのだろう
もっと早く気づいていれば良かったのに、死んでしまったらもう遅いじゃないか。
あの本、最後まで読んでおけば良かった。とか
録画したドラマの続きを見ておけば良かった、とか
好きな人に思いを打ち明けるんだったなぁ、とかそんなことばっかり考えて
気がついたら治ったり、起きていたりして。また「生きる」という実感を忘れる
生きているなんて当たり前のことなのにー
どうして僕らはそれを忘れて「生きる」ことが出来るのだろう
何も考えないで生きているのだろうか、

僕はジッと掌を見つめながらそんなことをぼんやり考えていた
そして僕は深く考えずに立ち上がり、左腕に父さんから高校の入学祝にもらった時計をつけて、外に出る
「お兄ちゃん?どこか行くの?」加奈子が眠そうな声で、僕に問いかける
「ん、ちょっと。」僕は曖昧な返事をして、外に飛び出す。夜の世界へと、駆け出すのだ



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