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あじさい通り [作者:ぽわん]

■13

「ありがとうございます。」

その陽菜の言葉から5分ほど、僕と陽菜は何も話さなかった。
僕は陽菜を見つめ、陽菜は窓を開けて景色をじっと見つめていた。
しんとした部屋の中で、水音が響きだした・・・・・・雨だ。
陽菜が窓から目を離し、僕を見る。

「雨・・・降りだしましたね。泉君の好きな雨ですよ?」

「もう、好きじゃないよ・・・・・。」

あふれてくる涙をこらえながら僕は答えた。
僕の心を隠してくれた雨、僕の気持ちをごちゃまぜにして辛い思いを消してくれた
水しぶきももう今の僕には必要ない・・・・・。

その時ふと、あの時の陽菜の唐突な自己紹介が頭をよぎった。

「好きなもの・・・晴れた空って、陽菜言ってたよね・・・・・。」

「はい・・・。」

「雨・・・あがればいいのにな・・・・・。」

「泉君・・・・・。」

「太陽・・・でて、こないかな・・・・。早く・・・・・。」

僕は窓から見える、容赦なく降り注ぐ雨水を睨みつけた。
涙が次々とあふれだす。とまらない。
それは恐怖心からこぼれてくるようだった。
雨の一粒一粒が地面にあたって跳ね返るたびに、陽菜の何かを削っていってしまう気がして、
怖くて、怖くて仕方なくなった。

窓に駆け寄る。どうか晴れてください・・・・・。

陽菜の頬を照らしてあげてください・・・・・・。

「晴れろ・・・・・晴れろ・・・・・。」

「・・・・・もういいんですよ、泉く・・・・っ!!!ケホケホッ!!」

「陽菜!?」

陽菜の手を握る。強く、強く。
だけど、壊れないように・・・・・。消えてしまわぬように・・・・・。
自分の心を落ち着かせる。
陽菜の心臓はまだちゃんとリズムを刻んでいる。

ドクン ドクン ドクン・・・・・・

生きている・・・・・。

「看護師さん呼んでくるよ僕・・・!!」

手を放そうとしたとき、陽菜は小さな手で、
だけどとても強い力で僕の手を握って放そうとしなかった。

「私の好きなもの・・・・・・・。」

「ん?」

「お母さんの作った卵焼き、お花屋さん、お友達とのおしゃべり、
お散歩、あったかくて優しいそよ風・・・晴れた空・・・!」

「・・・・・・多すぎ。」

あの時の僕らを思い出して、僕は小さく笑う。
陽菜も笑顔できゅっとまた僕の手を握りなおす。
僕も陽菜の全部を包み込むように、手を優しく握った。

「泉君・・・・・・今という時間を大事にしてください。

人を信じてあげてください。自分の心を大事にしてあげてください。

きっと、素敵な何かを見つけられます。」

「うん、わかったよ・・・・。」

「私の好きなもの・・・・・。」

「ん?」

「最後にもうひとつ見つけられました・・・・・。」

「・・・・・・・・なに・・・・・・・?」

「泉君の・・・・・・優しい手です・・・・・・・・・。」

あたたかい風が吹いた
太陽の光が窓からさしこみ、陽菜の白い頬を照らした
刻んでいたリズムが 何もないまっすぐな直線に変わった
同時に、僕の手を握っていた 小さな手がゆるんだ
陽菜の「今」は
そこで静かに 消えていった



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