あじさい通り [作者:ぽわん]
■12
そのとき、僕は初めて、声が出なくなるほどの感情に出会った。
陽菜は言葉をつづけた。
「・・・私、心臓が弱いんです。いつ、どこで死んでもおかしくないくらい・・・・・。
発作も何も起こらずに、パッタリ逝ってしまう可能性も、あるみたいです。
それで、何度も入退院を繰り返していました。
入院中、退屈な時に、全校生徒の名簿と個人写真を、こっそり坂本先生に貸してもらったんです。
退院しても、私はいつも保健室にいましたから・・・。それで泉君、私のこと知らなかったんでしょうね。」
僕は何の言葉も返せないまま、ただ陽菜と初めて出会った日を思い出していた。
陽菜と初めて出会った日、彼女は慣れた手つきで保健室のものを、扱っていた。
一呼吸おいて、また陽菜が口を開いた。
「そして・・・個人写真で一人、目が死んでいて、
この世の中の何もかもが敵のような顔をした・・・・男の子を見つけたんです・・・・・。」
陽菜はからかうような笑顔を僕にむけた。
僕は頭の中がゴチャゴチャしたまま、小さく言葉を発した。
「それが・・・僕ってわけか・・・・・。」
「はい、出席番号6番、坂下泉君、あなたです・・・・・・。
あなたに会いたい、と写真を見て思ったんです。
あなたに会うために、私は、お医者さん、お母さん達に無理に頼みこんで、学校へ行きました。
体力が弱ってきてるから、もう学校には行かない予定だったんですけどね・・・・・。
最後のお願い・・・そう頼んで来たんです。発作が今日まで起きなかったのは、
本当に奇跡みたいなものなんですよ。」
「そんな・・・命がけで僕に会いに・・・・・。」
「命がけなんて・・・・・・。
ただ会いたかったから、今の気持ちに嘘をつきたくなかったから。
泉君の写真を見たとき、とっさにこの人の笑顔が見たいって思ったんです。
そして、泉君に、人を信じるって素敵なことなんだって、わかってほしかったんです。
入院している間、私はたくさんの人に出会いました。
みんなお医者さんを信じ、いつか治ると信じ、自分を信じて、今をしっかり生きている人たちばかりでした・・・・・。
信じるって、素敵なことだと思います。だから泉君にも、人を信じてほしかったんです・・・・・。」
胸が痛い・・・・・。こんな気持ちは、初めてだった。
「陽菜・・・・・僕はもう君のことを・・・・・。」
「泉君・・・・。」
「なに・・・・?」
「私、泉君のことが好きです・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「信じられませんか・・・・・?」
「信じる・・・・・信じるよ・・・・・。」
重い扉はもうすでに、僕の心のどこにもなかった。
ただ涙だけが、止まらなかった・・・・・・。
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