胸に咲いた黄色い花 [作者:えり]
■1
蒸し暑い部屋の中、仰向けに寝そべる。あまりの暑さに、流れる汗がとまらない。
最近の夏は、絶対オカシイ、地球温暖化だ。まじめにそう発言すると、笑われた。
笑い声を無視して、枕元におかれている扇風機のスイッチを強にした。ぶうん、と音がして回りだす。
それと同時に、生ぬるい風が額に当たった。その感触は決して心地よいものではないけど、ないよりはましだろう。
「あついね」
窓際にいすわる女は、肩より長い髪の毛を風に揺らしながらそういった。
外は全く快晴で、気持ちが良いくらい光が照ってる。
こんな日には、海なんかに出かけるカップルが山ほど要るだろう。
なのに、部屋の中にこもっている俺たちはひどく不健全だ。
だけど、この時間がなにより大切なものだってこと、俺たちはお互い重々理解してる。
「ねえ、亜紀」
整った顔をした女は、返事はせずただこちらに首を向けた。
まっすぐに通った鼻筋と、涼しげな目元が、なんとも古風な美人を思わせる。
その眼に見つめられたらどんな男でもイチコロだろうと、出会った瞬間に思った。
古い染みが点々とついている天井を見上げながら、くしゃくしゃに乱れた髪の毛をいじり、つぶやく。
「俺を捨てないでね」
一瞬、亜紀は驚いたような顔をした。けれどすぐにその口元をやわらげる。
その表情は、魔性ともいえるほど魅力的で、俺はただ横目で見つめることしかできなかった。この笑み。俺は、コレにやられたんだ。
「捨てるわけないでしょ」
亜紀のもっともらしい言葉が妙にうそ臭いものに聞こえて、思わず笑ってしまった。
けれど、扇風機が五月蝿い音を立てながら回り続けているせいで、その自嘲的な微笑が亜紀に届くことは無かった。
−そんなわけは無いんだ。きっと、いつか、俺は捨てられる。
君が飽きれば、いつでもお好きにどうぞ、だ。
だけど、それまででもいいから。
「そばにおいててよ」
消え入るような声をだした。
しかし、亜紀の興味は、もうこちらにはなかった。また、窓の外を眺めている。
その姿に呆れかえりながらも、一方で、どこか惹きつけられている自分がいた。
どんな言葉にも、態度にも、全く心を揺らさない人。
亜紀はそんな女性だ。俺はそんなところが好きで、惹かれている。
なのに、時々無性に虚しくなるのは何故だろう。掴めない人を思うのは、苦しい。
どんな笑顔も言葉も、信用できはしない。だからといって束縛できる立場でもない。俺たちはいわゆる、そういう関係だ。
このまま僕のそばにいて、ずっと。
硬く目をつぶり心の中で静かに唱えた。
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