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胸に咲いた黄色い花  [作者:えり]

■12

「ただいま」

玄関からいつものように、声が聞こえてきた。
反射的に体が玄関に続く扉のほうに向く。
が、犬のように飛び出したいのをぐっとこらえ、ひたすら鍋の中身をかき混ぜ続けた。

すると、急ぎ足のスリッパの音が廊下に響いた。
次の瞬間、いきおいよく扉が開いて、亜紀が部屋に入ってきた。

「清?」

亜紀は、少しあせった顔つきだった。
その表情に驚いて、思わず火を止め、台所から出てそばに近づく。

「何?」

彼女は俺の姿を見ると、表情を緩めた。
どうしたっていうんだろう。

「なんでそんなあせってんの?」
そう聞くと、亜紀は少し顔をうつむけた。

「別に、あせってないけど・・・初めてじゃない」

よくわからない、といった風に眉をしかめると、亜紀は真剣な目でこちらを見つめる。
凛とした、吸い込まれそうな目。一瞬。金縛りにあったように体が固まった。

「清が、顔をみせなかったから、どこか行ってるかと思ったの。もしかしたら・・・」

そこまで言って亜紀は口をつぐんだ。
そして、その続きは決して言わないように、硬く唇を閉ざす。

「もしかしたら?」

全く先が読めない展開に、俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになる。

「・・・・・・」
亜紀は決して口を開こうとしない。
少しの間、沈黙が流れた。

「・・・あー、ああ、ごめん。ちょっと手がはなせなくてさあ。それより、みてくんない?あれ」

なんとかこの気まずさをかきけそうと、台所を指差し笑顔を見せる。

彼女は不思議そうに、台所をのぞく。
そして、その切れ長の大きな目をまるくする。

「何、これ。清が作ったの?」

台所には、おいしそうなカレーがほかほかと湯気を立てていた。

「そう。すごくない?俺、料理なんかしたの林間学校以来なんだけど。ていうか、入ってきた瞬間匂いできづかなかった?」

「そういえば・・・なんかいい匂いが」

亜紀のほめ言葉ととれる台詞をきいて、自慢げに口の端を上げる。

「だっろ?いい匂いだろ」

しかし、亜紀はまだ驚いた顔で立ち尽くしていた。

「しんじらんない・・・清が?あの何にもしない清が?本当においしいの?」

「うわ、その言い方ひど。・・・たぶんだいじょうぶだってー」

そういって、台所に入り、とりあえず食べてみよう、とカレーをもう一度火にかける。
そして、いい具合にあたたまると、お皿の中にご飯を盛り付け、ルーをトロトロと上から流しこんだ。

「すっげーいい感じかも」

そう、満足げに一人でつぶやく。

「はい」

すでにテーブルに用意されたお茶とスプーンの間に、カレーが入ったお皿をうまい具合においた。
亜紀は俺の手際をながめながら、呆然と立ち尽くしている。

「はやくすわって」

まちきれない、とばかりに強引に彼女をいすに座らせる。
亜紀はやっとうごきだし、かばんを隣のいすに下ろした。

「いただきます」
そういった俺に続くように、
彼女はきれいな指をキチンとそろえて、浅く、お辞儀した。

 

 



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