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胸に咲いた黄色い花  [作者:えり]

■2

亜紀との出会いは、単純なものだった。ただの、ヒトメボレ。もちろん、俺のだ。
具体的に言うと、海の海岸で、すれちがいざまに目が合って、落とされた。
真夏の海岸。まるで昼の都心の交差点のように人が込み合った中で、彼女はひときわ目立っていた。
別段、目立つ水着をきていたわけではない。それどころか水着の上に薄いワンピースをまとっていた。
けれど、そのまっすぐに一点だけを見つめる強い瞳は人をひきつけて離さなかった。
俺もそのひとりだったって言う、そんなありがちな話だ。

そんな亜紀と俺とがどうやって知り合ったかっていうと。

「清、今日の晩御飯何が良い?」

亜紀の澄んだ声は、思い出に浸っていた俺を急速に現実に引き戻す。
気づけばもう日は暮れかけていた。窓の外には夕焼け空が広がっている。
亜紀はもう窓際にはいなかった。台所に立って、冷蔵庫の中を丹念に調べている。
「んー、キムチラーメンとか」
ふと、真っ赤な夕暮れ空をみて、辛いものが食べたくなったのだ。

亜紀は困ったように微笑して、
「暑いのに、暑いの食べるの?」と問いかけてきた。

「それでも食べたい」
まるで駄々をこねる子供のような台詞で返事をすると、「しょうがないなあ」という声が聞こえてきた。
その返答を聞いてまんぞくし、食事ができるまで一眠りしようか、という気分になる。

「ねえ、清」
目を閉じたところで、亜紀の声におこされる。
「何?」
「どうして昼間、あんなこと聞いたの?」
少し、胸がヒヤリとする。亜紀は気にしていたんだろうか。
いや、そんなはずはないと、すぐに考えを改める。だって、亜紀はそんな女性じゃない。
「清?」
亜紀の声にはっとし、あわてて冗談を交えた返答を返す。
「亜紀が全部ほしいから」
そういうと、亜紀は半ば呆れたように笑う。
「それ、究極の殺し文句だよ。いっててはずかしくない?」
少し首をひねり、間を空けて返事をする。「そう?」
普通はそうなのだろうか?
だけど俺は、亜紀のためなら、こんな台詞くさるほど吐いても良いと思う。
だって、本音だ。誰よりも愛してるとか、君以外女に見えないとか、君のためなら死ねるとか、
うそっぽいドラマの中でしか聞かない台詞も、俺にとっては全部ありふれた言葉なんだ。
そう、危うい言葉だって、すべて。

「でもきっと、そういうことがストレートにいえるから、清は好かれるんだろうね。
その顔と声でいわれると、誰だって何でも許せる気がする」
顔と、甘えた声。それが俺の売りだって、いつかの付き合ってた女に言われたことがある。
起き上がって、そこらにある鏡の中を見つめた。そこには1人の少年のような幼い顔をもった男がいた。
実際はもう、20歳を超えているのだが、まるで、15,6、で成長が止まってしまったかのように、その顔は幼い。
髪の毛は、みじかくも長くも無く、まばらに茶色。角度によって金色に見えるかもしれない。
この紙の色が幼さを助長させているのかもしれない、と思うと、一思いに染めてしまいたくなった。こんな少年声も変えたい。
顔と声。それだけが俺の価値だというなら、それらがなくなってしまえばいいと思う。そして、それらがなくなった俺を評価してほしい。
けど、そうなればどんなに傷つくか、わかってる。
周りの人の見る目は変わるだろうし、亜紀だって、俺を捨てるだろう。ひもって、そういうもんだ。
少々むっつりしながら黙っていると、亜紀がひょっこりと顔をのぞかせる。




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