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サンシャイン [作者:檜山 キョウ]

■ 第3話

家から歩いて二十分ほどのところに、その草むらはあった。
草の中に立っている、今にも倒れそうな古ぼけた小さな石地蔵が、僕たちを見ているようだった。
草の間を掻き分けるように続く道には、白い小石が敷き詰められていた。
ヤブ蚊がたくさん飛んでいて、Gパンをはいてきてよかったと思うのと同時に、
ワンピースにサンダルという無防備な格好のヒカリが心配になった。
尋ねると、虫よけを塗ってきたから平気だと言って、ニコリと笑った。
昨日のヒカリの言葉が思い出された。確かに僕は、この場所に見覚えがある。

「懐かしいよね」

僕の心情が分かってか、ヒカリが楽しそうに言った。
小学生の頃、よく二人で遊んだ場所だ。変な生き物を見つけて捕まえては、持って帰って親に叱られた。
がむしゃらに走り回って、服を汚しに汚して、ナオちゃんナオちゃんと僕を呼ぶ、幼い日のヒカリの姿を思い出した。
僕も僕で、ヒカリの手を引っ張り道の先にある神社に向かってよく走ったものだった。
神社の石段に座って、ヒカリの母さんが作ってくれたお弁当を食べた。あのときの卵焼きの味が、鮮明に口の中に広がった。

「ナオちゃん」

ヒカリが、昔より大人っぽくなった声で僕を呼んだ。僕が振り返るのと同時に、ヒカリが僕の手をとった。
そして走り出した。この先にあるのはあの神社だ。二人でお弁当を広げて卵焼きを食べた、あの神社だ。
足で強く蹴るたびに、白い小石がジャラジャラと飛び散ってうるさかった。でも、あまり気にならなかった。
ただただ目の前のヒカリの背中を、走りながらじっと見つめていた。
前方に見えてきた神社の鳥居は、あの頃より色褪せていた。でも神社に立ち込める草の匂いは、あの頃のままだ。
ヒカリは、石段の手前で立ち止まった。僕もヒカリも、肩でぜいぜいと息をしていた。
握ったままの僕の手をさらに強く握って、ヒカリはこちらを見ずに、小さな震える声で言った。

「ナオちゃん、私ね、東京に行くんだ」

ヒカリの髪が、風に乗ってなびいた。うつむくヒカリの後頭部を、僕はぼんやりと眺めた。なにも考えられなかった。
頭が、ヒカリの言葉をかたくなに否定していた。
前を向いたままのヒカリは、きっと泣いているのだろう。
いつもみたいに笑えよ、ヒカリ。
そう思ったけれど、僕の頬にも涙が一筋流れた。泣いているヤツが笑えって言ったって、説得力がない。
生まれたときからすっと一緒にいる。そしてこれからも、絶対に僕らはずっと一緒にいられる。
絶対なんてあるわけないのに、なぜかそれだけは変わらないと思っていた。

「自分を試してみたいんだ。東京の専門学校で、ファッションデザイナーになるための勉強をしようって思って……
昨日までは決めかねてたんだけど、やっぱり夢を叶えたいの」

小学生の頃に見た、ヒカリの勉強机の上に散らかったわら半紙たちが思い出された。
ヒカリの手によって生み出された、色とりどりの服たち。新しいものを描くたびに、ヒカリは自慢げにそれを僕に見せてきたっけ。
絵は稚拙だったけれど、カッコいいなとか着てみたいなとか、幼いながらにそんなことを思った記憶がある。
ヒカリはずっと、同じ夢を追い続けていたんだ。
ヒカリは少し日焼けした細い腕で、強引に涙をふいた。それからゆっくり振り返って、ゆがんだ笑顔をこちらに向けた。
その顔を見た僕は、ますます涙をこぼした。言いたいことはたくさんあったけれど、喉から声が出なかった。
行くなと言ってもムダだと分かっていたし、臆病な僕には好きだなんて到底言えそうになかった。

「東京では頑張るよ」

そうか、頑張れよなんて、そんな気の利いた言葉は出てこなかった。出てくるのは涙だけだった。
でも、それをぬぐおうという考えは頭に浮かばなかった。僕の涙でヒカリを繋ぎとめることができるのなら、いくらでも垂れ流してやる。

「ナオちゃんも、あきらめないでね」

木のすき間からこぼれ落ちる陽の光のせいなのか、それとも僕の目に涙がたまっているからなのか、ヒカリの姿はなぜかひどく眩しかった。
また風が吹いた。懐かしい匂いがした。


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