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ホタル  [作者:三日月 遥]

■ 第16章

「光くん…。来たんだね。」
少し哀しそうな目で彼女はそう言った。
「降りた方がいいって!危ないよ…。」
と言うものの、やはり降りてくる気配はなく、下を向いていた。

灯ちゃんはぼそりと呟いた。
「ねぇ、知ってる?ホタルって死者の魂の集まりなんだって。」
と、右手でホタルを追いかけながら。

僕は、彼女の手を握ろうとした。
でも、もう触れることすら出来なかった。
僕と彼女の間には冷たくて高い壁があった。
向こうに行こうとしても行けない。
ただ見ていることしか出来ない。

彼女はばらまかれていた紙を片づけ、その中の一枚を僕に差し出した。
それは、写真だった。
入院中に撮った最初で最後の写真。
彼女はそれを渡すと、もとの場所に戻った。
「私ね、光くんが退院した後、すぐ病状が悪化したんだ。」

と言うなりくるりと背を向けて彼女は、そのまましゃべり続けた。

「私、知ってたんだ。光くんがお兄ちゃんだって。病院にあった紙、見ちゃったんだ。
  それでも好きで、好きで…でもどうしようもなくて。病気もあったし。
  おかしいよね。正しい事じゃない事もわかってた。
  それがわかったとき、どこか遠いとこに行きたくなった。ここから逃げたくなった。
  でも、その前にここからいなくなっちゃったんだ。」

灯ちゃんは今の僕と同じような悩みを抱えていたんだ。
どうしていいかわからなくて、こうなりたいっていう終わりない欲望は全て消されて。
灯ちゃんの笑顔だけが救いだった。

「灯ちゃん…。」

僕が口を挟む余裕などなかった。
「それで、ここの世界に戻ってきたんだ。少しの間でも、光くんに会いたかった。
  本当のこと伝えたかった。」

彼女は笑って、涙を見せた。
僕は彼女を抱きしめた。もう壁はどこにもなかった。
「光くん…。」
もう、僕も泣きそうだった。
「僕も好きだよ。」
そう言って、涙がこぼれる前に目を閉じた。
泣いてるとこだけは見られたくなかった。
病室には夏の暖かい風が吹いていた。
これが、灯ちゃんにしてあげれる最後のことだ。
そっと指先を彼女の手のひらに当てる。
もう声が出なかった。今日一日水も飲んでないからだろう。
指で文字をなぞる。
“あ か り ”
彼女も、手に僕の名前を書いてくれた。

「もう行かなきゃ…。ね。」
それだ言って、彼女は消えた。



次の日の朝、僕は空き地に立っていた。



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