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春風チェリー  [作者:すず]

■1

サクラサク、サクラチル。

日本人は何でこんなに桜が好きなんだろう。合格を、桜が咲くことに例えるなんて。
さらさらと花びらを散らしながら、風に揺れる桜の木の枝を見上げながら、あたしは思う。

「願い叶わず」が「桜散る」だとしたら、あたしの桜は、春の嵐に見事に散り、その花びらはこの高校に舞い落ちた。
自分のレベルに合った高校を選びなさいよ、合格は厳しいわよ、と散々言われたけど、諦めがつかなくて、憧れていた進学校を無理やり受験した。
そして、あっさりと落ちた。
分かっていたとはいえ、あたしなりに頑張って勉強したつもりだったから、少なからず落ち込んだ。

駅で、あたしが行きたかった高校の、真新しい制服を着ている子たちを見るのは、もちろん羨ましい。そして、もちろんちょっと妬ましい。
でも、すべり止めで受けたこの高校に絶望しているかというと、そうでもない。
制服はシンプルな紺色のブレザーで可愛いし、憧れの電車通学だし。
校舎は新しいし、学校の近くには、あたしのお気に入りのコンビニがあるし。
そして何より、泰くんと同じ高校なんだから。

「はるちゃん、おはよーう。」

校門をくぐって、駐輪場の横を歩いている時、後ろから、あたしを呼ぶ泰くんの声が聞こえた。
あたしのうちの隣の隣の隣のお向かい、に住んでいる、幼なじみの泰くん。
小さい頃から聞き慣れた、泰くんの「おはよう」だ。

「おはよう、泰くん。」

あたしは立ち止まり、泰くんと並んで歩き出した。

「泰くんのクラスはどう?同じ中学の子、いないんだっけ。」
「うん、いないねぇ。ていうかさ、オレとはるちゃんしかいないじゃん、同じ中学校だったの。」
「あ、そうだったねぇ。ちょっと遠いし、すべり止めもみんな違う高校受けたもんね。」
「オレ人見知りするからさぁ。慣れるか不安だよ、この高校にさぁ。」
眉間にしわを寄せて、泰くんがそうつぶやいた。寝ぐせのついた髪が、ふわふわと風に遊んでいる。

泰くんも、あたしと同じ高校を受けて、桜を散らした仲間のひとりだ。
もっとも、あたしと違って、泰くんが落ちるとは誰も思っていなかった。
入試の時にひどい風邪をひいて、思うような結果を出せなかったのだ。
三年間頑張って勉強してきたのに、たった一度の試験で、その努力が報われなかった泰くん。
周囲の「かわいそうに」という視線とはうらはらに、泰くんは案外けろりとしていた。
「体調管理も実力のうちだって、父さんにも言われたしなぁ。」なんてことを言って笑っていた。
でもあたしは、泰くんがどれだけ一所懸命に勉強してきたのか、よく知っている。
そして、笑いながらも、どれだけ悔しい思いをかみしめていたかも、よく知っている。

幼なじみだから、だけじゃない。あたしが、泰くんを好きだからだ。

「あ、先生来てるよ。じゃあね、はるちゃん。」
「うん、じゃあね。」
泰くんは、3組。あたしは、8組。
教室は遠いし、2クラス合同の体育の授業も、一緒に受けられない。登下校の時にしか、話すチャンスは無さそうだ。

同じクラスだったら良かったのになぁ。
一日中、泰くんを見られるのに。もっとたくさんおしゃべりできるのに。
泰くんと同じ教室に吸い込まれていく子たちを見ながら、小さくため息をこぼした。
同じ高校に入ったというだけで、十分近い存在のはずなのに、それが現実になると、同じクラスだったら、なんて考えてしまう。
もし同じクラスだったら、隣の席がよかった、って思ってしまうのだろう。
あたしって、わがままだなぁ。そう思いながら、あたしも自分の教室へと入っていくのだった。



↓目次

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