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唄う旅人  [作者:水月侑子]

■第3話 ルナ・クエール(3/7)

「塗料って科学派が発明したの?」
 とアリィが尋ねる。
「そうだ。だから、アリィ、ここでは魔法をつかっちゃいけないだろうな。」
 ディーンは声を低くして言った。とたんにアリィの表情が曇った。
「タビビトさんに出会ってから、一度も使ってないもん。」
 アリィの表情は哀しそうだった。ディーンは咄嗟にまずい、と思った。そういえば、火を起こすときも、タビビトは魔法が使えるアリィがいるのに頼んでいなかった。雨が降っている時、魔法派の人は雨よけの魔法を唱えるのに、タビビトはアリィにそれを頼まなかった。アリィはそこそこ魔法が使える年齢だ。タビビトは魔法が使える両親を亡くしたアリィに気遣っていた。なのに、俺は・・・。
「悪かったな・・・。」
 アリィは視線を落として首を横に振った。ディーンは一言喋ればアリィを傷つけそうな気がしたので、これ以上、何も言うことが出来なくなった。
「おーい、二人とも暗い顔してどうしたんだい?」
 タビビトは明るい声で二人の頭を掴むと軽く振った。アリィとディーンは気まずそうに黙ったままだった。
「宿を探すぞ。」
 タビビトはくるりと後ろに振り返ってスタスタと歩き始めた。クレイは埴輪の姿になって、アリィの足をつつく、アリィは「ひゃっ」と短い悲鳴をあげた。その声にディーンは我に返った。そして、無表情でタビビトの後を追うために駆け出した。アリィはディーンの後姿を見つめていた。そう、強くならなきゃいけない。いつまでも、悲しみにすがりついていちゃいけない。幼心ながらにその言葉が耳のそばですぐ聞こえて、理解できたような気がした。
「アリィ、ディーンは長生きしとるが、まだまだじゃ。」
 クレイはそう言うと、土の塊になり這うようにしてタビビトの後を追った。アリィはなんだか気持ちが楽になった。

「いやぁ、あんたが噂の『唄う旅人』か。大歓迎だよ、そうだな、何か歌ってくれたら宿屋もタダにしてやるよ!!」
酒場と宿屋を同時経営している主人は嬉しそうな顔だった。店の内装は入り口を入ると東側にカウンターがあり、西側には木製のテーブルと椅子が乱雑に並べられていた。奥に行けば階段があり、階段をあがると、客を泊めるための部屋が四室あった。
「ありがとうございます。」
タビビトは主人に礼を言うと、ディーンとアリィに向かってウィンクした。
「しばらく、この町に滞在してもいいだろう。」
「ふぅ、やっとまともな寝床にありつける。」
ディーンは安心した表情で言った。
酒場には仕事帰りの客でいっぱいだった。大半が男、いや、アリィ以外は全員男だった。タビビトはカウンターの右端で大きく息を吸った。そして、歌い始めた。
タビビトの歌声が酒場を包む。仕事の愚痴の言いあいで騒々しかった酒場もいつの間にか静かになっていた。客の視線は皆、タビビトに送られた。
歌が半ばに差し掛かった頃、階段から誰かが降りてきた。現れたのは女性だった。黒くてウェーブのかかった長い髪、見たものを惹きつける黒い瞳、黒くて健康的な肌・・・。



↓目次

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第3話 【1】 → 【2】 → 【3】 → 【4】 → 【5】 → 【6】 → 【7】