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スパイダー [作者:那音]

■11

 俺に見張りを頼んで寝入ってしまったマリを見て、俺は一つため息をついた。
 見張りなんてなんとも暇な仕事を任されてしまった。暇だけど、ここを離れることは出来ない。厄介だ。
  仕方なく俺はマリの横に腰掛けて、マリの寝顔を眺めた、
  マリの寝顔は、決して穏やかではなかった。唇はきゅっと引き結ばれ、眉根は僅かに寄せられている。
  悪夢を見ているようではないけれど、それにしたって険しい寝顔だ。
  なんとなく、なんで俺はマリに付きまとってるんだろうと思う。
  今まで、気まぐれに人間に声をかけて遊んだりすることは何度もあった。
  三日ほどで別れてしまうときもあれば、十年ほどずっと一緒にいたときもあった。だから今回も、今までと同じ気まぐれだと思っていた。
  でも、違う気がする。
  そもそも一番初めにかけた言葉からしておかしかった。
  連れて行ってあげようかなんて、そんな言葉今まで誰にも言ったことがない。
  俺はいつまで続くとも知れない寿命を持つ、幾多の世界を渡る放浪人だ。
  そりゃ、俺の力を使えばただの人間だって一緒に世界を渡ることが出来る。
  でも俺は老いて死ぬということがなくて、だから俺からしたらあまりに短い命の人間を連れて行くなんて、
  連れて行くほど深く関わるなんて、俺が無意識にタブーとしていたことだ。
  俺は結局、人間ではないのだから。人間ではないものが人間に関わるなんて、そんなのはいけないことなんだから。
  それなのに俺は、マリに連れて行ってやろうかと声をかけた。
  俺は、マリが好きなんだろうか。
  でも、違う気がする。今まで人間と好き合ったことも愛を育んだこともあるけれど、この気持ちは、それとは違う気がする。
  この気持ちは、愛ではなくて……なんだろう?
  ふと、その時マリの夢が緩やかに流れ込んできた。
  ピアノを弾く、少女のイメージ。五・六歳に見えるその少女はマリに似ていて――それはきっと幼い頃のマリで、これはマリの記憶だ。
  マリが弾いているのは、ヴェルディのワルツ。その明るく軽快なメロディを、幼いマリはとても楽しそうに弾いている。
  だけど俺の中にジワリと染み込んできたのは、マリの悲しみ。

  ――あのころは、楽しかったなあ……。

  ふと響いたマリの思念が、心に深く突き刺さる。
  痛くなるほどに、悲しい声だった。
  ああ、マリは悲しいのか。
  自分の最良の日々は終わってしまったのだと、自分が楽しいと思えるものはもうこの世にはないのだと、そう思っている。
  希望を全て使い果たし、もうこの先には絶望しか残っていない世界に、悲しんでいる。
  だから安らかに眠ることも出来ずに、こんなに険しい顔で眠っている――
  ああそうか。俺はマリの悲しみに惹かれたんだ。
  マリの悲しみは、人ごみの中でもこうして眠っていても俺の心をつかみ引き寄せた。
  それはまるでブラックホールのような、あるいは救難信号のような。
  俺はそんなマリになんだか悲しくなって、雲一つないのっぺらぼうの空を仰いだ。




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