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スパイダー [作者:那音]

■10

  ぼんやりと、思い出す。
  夢を見ていた。昔の夢だ。
  拙い旋律が耳に届く。ピアノの音色だ。
  ぼんやりとした霧が晴れるように、映像が見えてくる。小さな女の子がピアノを弾いていた。
  稚拙なメロディーだったけれども、それはヴェルディのワルツだった。
  明るく軽快なメロディーを幼い小さな指が紡ぐ。
  それは全然滑らかではなくて時々途切れる不細工な演奏だったけれども、弾いてる少女はとても楽しそうだった。
  その風景を見つめながら、思い出す。

  ――ああ、あれは私だ。

  幼い頃、私はピアノを習っていた。祖父が昔買ったピアノがあって、私はそれを弾くのが好きだった。
  特に好きだったのが、ヴェルディのワルツ。あの軽快なメロディーが、ただひたすらに幼心をくすぐった。
  私はピアノに触れるたびにワルツを弾き、その旋律に心震わせていた。とても楽しかった。
  幼い頃はピアニストになるという夢を持っていたけれど、成長するにつれて現実が見えるようになりそのレベルの違いに愕然として
  ――諦めた。ピアノももうやめてしまったし、誰にも使われなくなったピアノは物置の奥で眠っている。
  でも、幼い頃の私は本当にピアノが好きで、ピアニストになるという夢を大切にしていて、世界がとてもキラキラと輝いているように見えた。
  あのころは、楽しかったなあ……。

  マリ、マリ。

  ふと、誰かが私の名を呼んだ。だけど幼い私は動かない。

  マリ、起きて、マリ。

  違う。これは夢の中の声じゃない。これは――
  声を追いかけるように、意識が浮上する。




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