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スパイダー [作者:那音]

■7

「長く生きてって……クモっていくつなの?」

  見てくれは二十代半ばほど。二十……六ぐらいだろうか。ひげやくたびれた風貌で多少老けて見えるから、
  それよりもう少し若いだろうか。精神年齢は十歳ぐらいだと思うけど。

「知らないよ」

「はい?」

「本名と一緒だよ。そんなのずいぶんと昔に忘れちゃった。まあとりあえず、忘れるぐらいには長生きしてるってことだけどね」

  その返答に、思わずクモの顔を凝視してしまう。クモの気の抜けたような顔はどう見ても長い年月を(忘れるぐらいってことは、
  少なくとも数百年か、数千年)生きてきた男の顔には見えなかった。

「言ったでしょ。長く生きてればいろんな考え方が見える。世界の理を理解すれば、出来ないことなんてないんだよ。それこそ……空だって飛べる」

  クモの顔は達観しているわけでもなく、かといって世界をどうでもいいものとして見ているわけでもない。
  クモはただ世界をそのままの世界として、とても透明な目で見ている。

「……ほら、マリ。見てみな」

  クモに促されて私は恐る恐るクモの見つける先、地上に視線を移した。
  瞬間。

「わあ……っ」

  星空よりも美しく煌めく光が、目の中に飛び込んできた。
  それは、夜を照らす街の灯。小さな一つ一つの光が集まって、私の眼下から遥か遠くまでまばらに広がっていく。
  それは、高層ビルから眺める夜景よりも高く、どんなに高価な万華鏡よりも美しく、ただキラキラと輝いている。

「キレイ……」

「だろ?」

  それは多分、クモと同じ視線だった。
  長く生きて世界の理を知るクモは、きっとこの世界を俯瞰で見ている。でも俯瞰で見ても世界は綺麗で、達観することも、諦観することだってない。
  だから私も、ただこの光景に見惚れて――

「俺はこの景色が好きだよ。世界は汚いように見えて、それでもこんなに綺麗だ。
  この世界にはまだまだ俺の知らないことがたくさんあるってことを、この景色はいつだって教えてくれる――」

  クモのその言葉が、胸に響いた。


  しばらく黙って煌めく街を見ていたクモは、やがて空を下り、再び私の部屋に戻った。

「じゃ、また今度ね」

  私を部屋に下ろして、クモはひらひらと手を振る。

「え、寝るところとか……どうするの?」

「心配ないよ。俺は雲に住み霞を食って生きてるから」

  その言葉に思わず笑ってしまう。クモならそれも有り得えそうだ。

「じゃあね。おやすみ」

「……うん。おやすみ」

  そうしてクモは去っていって、私は窓を静かに閉めた。
  青に染まった私の部屋を眺める。
  ここの灯はさっき眺めた煌めく街の一部で。
  私にとって、それはそれだけの意味ではなくなっていた。




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