スパイダー [作者:那音]
■4
現実逃避するあまりに、ついに幻覚まで見るようになってしまったのだろうか。
私は家族で食卓を囲み夕食をとりながら、ぼんやりと昼間の出来事を思い出していた。
あの、クモと名乗った青年は、自分の幻覚だったのだろうか。
だったら考えていたことを一字一句言い当てたことにも頷けるけど、あの衝撃的な格好と衝撃的な言動はリアルすぎる。
あんなにリアルな幻覚を見れるほど、私の創造力は豊かだったのだろうか。
「麻理、勉強はどうなんだ?」
ふと父がそんなことを聞いてきて、私は「別に、フツー」と答える。そうか、と父が頷いただけで会話は終了する。
それは夕食時に必ず一度は交わされる会話で、そして父娘の唯一の会話だ。
父はそれ以外聞いたりしないし、私に話しかけたりもしない。つまりはそれにしか興味がないのだ。……下らない。
「ごちそうさま」
最後のトンカツを口に運んで、席を立つ。母のトンカツはやたら油っぽくて嫌いだ。
そのまま二階の自分の部屋に向かう。好きな青色で統一した、だけどそれだけの淡白な部屋。ここは私の居場所だけど、好きな場所ではない。
青色のベッドに倒れこんで、枕をぎゅうと抱きしめる。
なんだか青色に染まったこの部屋で世界が完結しているみたいに思えて、そんなわけないのに猛烈に不安になる。
私はいつまでこの中にいなければならないんだろう。こんな退屈で不変なところにいたら、私はその中で少しずつ少しずつ腐ってしまう。
いや、もしかしたら私はもう、腐り切ってしまっているのかも―――
「ハロー」
その声に顔を上げる。その先には、あの胡散臭い風貌
――クモがいた。窓が開いていて、クモはそのふちに足をかけてにっこりと笑っている。
「遊びに来たよ」
「…………はあ?」
クモはよいしょ、と窓を乗り越えて床に立つ。
「え、ちょ、な、な……なんで、いるの?」
「だから遊びに来たって言ってるじゃないか」
「違う! 色々聞きたいことはあるけど、まずはなんでここが私の家だってわかったの? もしかして尾行した?」
「なんでそんな面倒なことしなきゃいけないの。だって俺はもうマリの名前知ってるんだよ。
俺が知ってる“マリ”って存在を検索すれば居場所なんてすぐわかるよ」
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