スパイダー [作者:那音]
■2
別にそれは仕事というわけではなくて、完全に俺の趣味だった。
生まれてこのかた――まあ生まれたころなんてとっくに忘れてはいるんだけど
――仕事なんてしたことないし、かといってこのことに退屈してるわけではない。
まあ適当に、面白い毎日ではある。
生まれた時から(多分)この能力を持っていた。
時空を超え、ありとあらゆる世界を渡り歩く力。
俺はいろんな世界を渡り、いろんな人間と関わってきた。
今までいろんな人に愛されて、いろんな人に恨まれて、いろんな人と出会い別れて――何年になるんだろう? 何千年? 何万年?
いや――そんなのはもう、覚えていない。
そして俺は今「地球」という世界の「日本」という世界に来ている。
この国は俺が見てきた中でも一番面白い国だと思う。
数ある世界の国々の中でも平和さや豊かさはトップクラスなのに、人々の心は暗く沈んでいる。どうしようもないジレンマを持つ国。
天国にそのまま地獄の空気を移し変えたみたいな、どこかちぐはぐな雰囲気がとても好きだ。
そんな国の人が多く集まる都市の交差点。たくさんの人が行き交う喧騒の中、俺はそっと目を閉じる。
途端にさまざまな雑念が体の中を駆け抜ける。長年生きていれば、少し集中するだけで人の思念ぐらいは読み取れる。
その駆け抜けた思念のほとんどが、イライラを孕んだマイナス。全くこの国にふさわしい壊れ具合だ。
そんな中。
――助けて。
とびきりマイナスの思念が頭の中に飛び込んできて、俺は思わず目を開ける。
目に映ったのは、どこかの学校の制服を着た黒髪の少女。
艶やかな黒髪を肩ほどまで伸ばして、前髪はピンで留めている。どちらかといえば可愛い顔立ちをしていたけれど、その目は暗く沈んでいる。
彼女の強烈な思念は、集中していなくたって俺の中に飛び込んできた。
――助けて。ここから出して。どこかへ。早く。誰か。違う世界へ。
行きたい。ここじゃなく。誰か。逃げたい。連れてって。助けて。誰か。誰か。
それは、闇に食い潰されかけた、死にかけた人間の叫びに似ていた。
少なくとも、俺の前で死んでいった人間はそんなふうに叫んでいた。
――誰か、助けて。
「そんなに助けてほしいなら」
俺は、彼女の背後にふわりと降り立った。
「俺が、連れて行ってやろうか」
振り返った彼女は、驚いたような、だけどとても面倒臭そうな、とても日本人らしい表情をしていた。
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