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田舎の生活 [作者:瑛]

■3

「空を仰いだら蒼く広がる世界、夢と希望が入り混じる空が、わたした」

ブチッと音がして、声が消えた。彼女がおもしろくなさそうに溜息をつく。
音読していた声が部屋から無くなっただけで、物凄く静かになったような感じがした。

「おもしろくない。空は見上げても台風だもん。夢も希望もないもん」

彼女が今さっきみていたテレビ番組の文句をブツブツといい始めた。観ていたのは、なんだか
良く分からない番組で、なんだか詩の特集みたいのをやっていたのだ。
確かに、今の天気と番組内の違いをおもえば、溜息もつきたくなるだろう。ゴゴゴゴとかガタガタとか、
雨戸が揺れる音もするし、風や雨が吹き付けてうるさい音も響く。さっきより静かになった分だけ、
その音が余計に強調された。

俺は黙々と、彼女と二人の夕食を過ごしている。
味噌汁、ご飯、彼女がおばあちゃんに教えてもらって作ったというあまり味の染みてない漬物。煮物、サラダ。
都会の高校生のカップルは、こんな風には過ごさないだろう。たぶん。分からないけど。

「…ね、直ちゃん、新婚みたいじゃない?」
「新婚?」

彼女がうんうんと頷いた。

「新婚か、なんか取り残された兄妹って感じ。台風の日に」

新婚と兄妹ってかなり違うと思うんだけどな。とはいっても、彼女も俺もめずらしく一人っ子で、兄弟は居ないのだけれど。
こういう時、なんか不思議に思うのだった。彼女が思う俺の存在はなんなのだろうと。
そして、俺がおもう彼女も、何なのだろうと、感じる。

「新婚というより…家族、みたいだよな」

彼女が笑った。そうかもね!と明るい声で言った。

突然ガッと音が響いた。彼女はびっくりしたようだった。続いてざざざざと雨が叩きつける音が聞こえる。

「いま、なんか倒れたよね、ガッって」
「自転車か?」

もしかしたらこの台風で自転車も息を引き取るかもしれない、とおもった。

「やっぱ、玄関に入れておけばよかったかな…自転車」

俺は彼女の言葉を耳に、漬物に箸をのばした。口の中に入れると、やさい本来の味がする。やっぱりちょっと塩がうすい。
彼女が壊れちゃったかもと心配そうに呟く。

「大丈夫。たぶん」

根拠は無いけどそう言って、今度は味の染みた煮物を口にはこんだ。

「…直ちゃん、」
「なに?」
「…あのね、初めて言うんだけど」

彼女の手が止まった。つられて俺の手も止まってしまう。それを見た彼女が、またおかしそうにくすっと笑う。

「なんだよ」
「直ちゃんて、おもしろい」

彼女がそう言ってから、暫くの沈黙が流れた。喋っていないと、台風が迫る音が耳の中に充満する。
彼女の下を向いた睫毛が、薄く影を作る。視点はどうやら定まっていないようだった。

「あのね、お父さん入院したの」

突然言葉が切り出された。彼女が愚痴を言うように、話し始める。

「お酒の飲みすぎだって。ヒドイとおもわない?」
「え、それは…いつ?」

彼女は「おとといだよ」と、軽く言い放つ。

「家ではね、ほとんどお酒なんて飲まないの。なのに飲みすぎ。なんだそれって感じ」

彼女の言葉がなにを意味しているのか、推し量ることができた。

「母親のほうは、」
「うん。それは本当に仕事だよ」

彼女の笑顔の中に、沈鬱な表情が一瞬見えた気がした。



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