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田舎の生活 [作者:瑛]

■2

彼女の家は、俺の家からは遠く、一山越えた田舎町にあった。
丁度山のふもとにあって、木造の古い造りの家だ。家族は両親と彼女の三人構成。
彼女に会うときは、必ずといっていいほど俺のほうからだった。俺は3年前に買ってもらった、
乗りすぎてギシギシと軋む自転車に乗って彼女に会いに行く。はるばる一山越えて。
彼女とは中学校の時に出会った。確か3年の春、初めて同じクラスになって知った女子で、
知り合ってから付き合うようになるまで、それほど時間かからなかった。
ただ、俺の町は凄く田舎だったから、どっかに遊びに行くとか、夏には海に行くなんて出来なくて、
遊びに行くといっても、山しかない。ここは山地、海には程遠い場所だ。

俺と両親は、俺が中学を卒業したと同時に隣町へ引っ越した。おかげで高校へは楽に行けるが、
彼女との間には山という大きな隔たりが出来てしまった。でもたいしたことではない。現に今、自転車に乗って、細い坂道を登っている。
空がどんよりと曇っていた。雨が降るのか、頬に湿り気の多い風を感じて、自転車をこぐ足をはやめた。

 

彼女の家の前に着いた時には、もう空は日の光が届かないほど濃い灰色に染まっていた。自転車を置いて鍵をかけ、
玄関の戸を開ける。ガラガラとうるさい音が響いた。

「直ちゃん?」

自分の名前が響いた。彼女の声は女の子達が媚びるような、そんな声ではなくて、ただ自然に発する音だけだ。
彼女は右の部屋からひょっこりと顔を出した。俺の姿を確認すると、少しだけ笑みを浮かべる。そしてすぐに
思い出したような顔をして、たずねた。

「今日も自転車?」

テレビを見ているのだろう、音が聞こえてくる。

「自転車」
「あーやっぱり。天気予報でね、雨だって。今日午後から」
「洗濯物は?」
「まだ取り込んでない」

テレビの音が途切れた。きっと彼女が消したのだろう。彼女は立ち上がって、部屋から廊下に出てきた。
もう夏休みも終わり、9月に入り、肌寒い季節にさしかかろうとしているときに、まだ彼女は半そで半ズボンの
まるで小学生のような格好だった。

「寒くないのか?」
「ぜんぜん」

彼女はくすくすと笑った。

「自転車ちゃんと濡れない場所に置いた?なんかね、台風が来るんだって、」
「台風?今月入ってからは初めてか」
「そうだね、なんか上陸の危険もあるとか」

彼女は話しながら、玄関の近くにあったカゴを持って、サンダルを履いた。
俺と並ぶと彼女は丁度首の辺りぐらいの身長だ。太陽の光を浴びすぎて茶色くなった頭部が見えた。
開きっぱなしの玄関から彼女が先に外に出る。俺はその後を続いた。

「あ、ほんとだ。どす黒い」

空を見上げた彼女がびっくりしたように呟いた。
うねうねと黒い雲が動いている。確かに明日は嵐になりそうな天気だ。

「自転車、玄関の屋根の下に置いとけば大丈夫だよ」

彼女はそう言って、庭の真ん中にある洗濯物のところへと走っていった。
俺は少しの間彼女の様子を見てから、自転車を玄関のそばへと移動させた。帰りは雨か、傘でも貸してもらおうか。
生ぬるい、気持ち悪い風が通り抜けた。

「直ちゃん、明日部活ある?」

彼女が少し声を大きくして聞いてきた。洗濯物のカゴはいっぱいになりつつあった。

「明日は…テスト週間だから、たぶんない」
「ホント?」

彼女の少し焼けた腕が洗濯物のカゴを持ち上げた。なんだかいいお嫁さんになれそうだなと変なことを思う。
人事みたいに感じるのは、彼女が誰かと結婚するとき、きっと俺は傍らで見ている人物だと思うからだ。
こんなことを彼女に言ったら、怒られそうだ。それか、悲しむだろうか。いや、もしかしたら納得するかもしれない。

「じゃあさ、今日土曜日だし、泊まってきなよ」
「え?」

彼女の言葉に思わず聞き返してしまった。

「え?って…今日台風近づいてるし、いつも来てもらってるばっかで悪いし…」
「別に気つかわなくても、」
「いいんだよ。どうせ直ちゃん雨に濡れて帰ったら風邪ひいて寝込むでしょ」

彼女が近づいてきた。そしていきなり片手でわき腹をつつかれる。
俺が驚いて身をねじると、彼女がおかしそうに笑い始めた。

「肉がない!」
「当たり前だろ、お前と違うんだから」
「なに?わたしとどう違うと?」
「俺は体が引き締まってるってこと」

彼女がムッと大袈裟に顔をしかめた。俺は彼女が持っていた洗濯物の入ったカゴを奪い取って、
少しふざけて「俺がたたんでやるよ」といってみる。

「なにいきなり優しくなってんの?」
「なんだよ、今日泊まってけって言ったの誰だ」
「あ、ホントにとまってく?」
「え?」

彼女がふきだした。

「今の顔、おもしろい」
「…顔か」

生ぬるい風が通り過ぎた。微かに湿ったにおいもする。

「いいよ、じゃあ今日おとまり会。直ちゃんの家に電話しといてね」

彼女はそう言って、今度は俺の腕の中にあったカゴを取り返した。「あ、」と俺が小さく声をもらすと、
かすかに笑って「直ちゃんは、電話。それに洗濯物は男がたたんじゃダメだよ」と彼女らしい言葉をつむぐ。
俺は苦笑いを浮かべた。それと同時に、冷たい雨粒が頬を掠ったのが分かった。

「…親は?」
「…うん、今日はちょっと、遅くなるって」

彼女は伏せ目がちに、小さな声で言った。

 



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